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ペルソナ2罪における達哉たちの罪と淳 12:18
 すごく久しぶりに考察更新です。いつもペルソナ2考察検索で来て下さる皆さん申し訳ありません、達淳に偏ってて…/^o^\

今回は、以前もちらっと触れた達哉たちの罪について。この記事の補足版になります。
正直いって、ここ見落してたって私かなりアホじゃね…ってがっくりきてしまったのですが…

罪における罪は、10年前にアラヤ神社で舞耶を行かせまいと閉じ込めたことでも、噂を操作して世界を混乱させたことでもなく、シンプルに『忘れていたこと』に尽きるわけですね…

ここから先、かなり淳寄りの考察になります。

[発端]
10年前のアラヤ神社で、達哉をはじめとする5人が「仮面党」として出会い、友人となる。
この出会いは、5人の今後の内面にどのような影響があったか。

 ・達哉&淳 「お姉ちゃん」のように人を理想に導く人間になりたいと考えるようになる
 ・リサ 達哉に初恋をし、10年後まで忘れられずにいる
 ・栄吉 現在の彼に至るまでの要因(雅との一件など)は仮面党にはほぼなし?
 ・舞耶 皆にペルソナ様を教える。本人は彼らとの出会いよりも父に重きを置いていたようにも見えるが…

■お姉ちゃんの生死がわからなかったのは何故かの予想

火傷を負った身なので、すぐに引っ越すことはできなかったはずです。病院を調べてもらうなりすれば、中学生くらいの女の子が入院していることくらいわかっ たのではと思いますが、子供たちの間でブレーンである淳には頼れる大人がいません。いたとしても偽父なので、嘘の情報を伝えられて終了です。
リサたちにはまだ頼れる大人がいますが、淳が「お姉ちゃんは死んでしまったらしい/生きているかわからない」とリサや栄吉に伝えれば、幼い2人はそのままそれを信じるでしょう。そしてそのまま、お面を隠して「二度と会わない」と約束します。

■では、達哉はどうか。
跡の残るほどの刺し傷なので、怪我が治るまで入院だったことは間違いありません。
その後の彼の精神状態は余り多く言及されていませんが、わかっていることは 
 ・はじめてペルソナを発動し、人を傷つけた
 ・おそらく怪我が治ったあと、自主的に(※ポイント)洞窟にレッドイーグルのお面を仕舞った
 ・淳との約束の証であるライターはずっと持っていた

達哉は、その後誰ともコンタクトをとることもとられることもなかったようです。
また、父のえん罪事件も相まってコミュニティの幅は極端に狭くなり、情報も殆ど入って来なかったとみえます。
そして、10年の歳月のうちにだんだんと夏の日のことを忘れていくのです。


淳にとっては、おそらく彼らとの出会い(とくに舞耶)は、どんなに後に悲劇が起こってもとても重要なことであり、忘れてはいけない夏になったはずです。しかし、淳をのぞく達哉たち4人は事件のことを忘れてしまった。
ニャルの記憶操作があってもなくても、自分のその後の人生に影響を与えるほどの出会いを、恐怖からとはいえ忘れてしまったことはやっぱり罪に値するのではないかと思います。

舞耶も、最期に「最も哀れなのは縛る女ではなく忘れられた女」と言っていることで、最も他者に対しつらい仕打ちなのは「忘れること」と暗に示しています。

ではどうすればよかったのか。
お姉ちゃん以外の4人は、事故のあと目を逸らしてはいけなかった。恐怖と向き合い、真実をその目で確認すべきだった。
しかしこれは、まだ7、8歳の子供たちには酷すぎます。
その結果、達哉、リサ、栄吉の3人は記憶を封印し、舞耶は(想像ですが)過去のこととして忘れます。

淳は覚えていたものの、「自分たちの我が儘でお姉ちゃんや達哉を殺してしまったかもしれない」恐怖を偽の記憶にすり替えることで覚えていることとなります。正しい記憶のまま覚えているべきなのに、そうはできなかった。
私は基本的に淳に罪などないと本気で思っているほうですが、淳の罪をひとつだけ挙げるなら、この点に尽きると思います。


「自分にとって大切な出会いを忘れてしまうこと」

ジョーカーだった淳は、もしかしたら無意識にそれを彼らに問いかけたかったのかもしれません。
本当に忘れていてよかったのか、向き合うべき傷があるのではないか。

そして罰では、淳は自らその忘却の罪の象徴となる存在になります。
5人のなかで、彼だけが思い出さないからです。
ただし、これは世界を守るために淳が意図的に思い出すまいとしているわけであり、罪の忘却とは少しちがいます。

あの夏の日の出会いを、罪でも罰でも、淳は覚えて守っているのです。
世界のためでもなく誰のためでもなく、自分にとって大切な記憶だからです。
そしてその記憶を、他の5人とも共有したかった。これが罪の時点での淳です。
しかし、自分の暴走で世界が崩壊し、大切な人が死んでしまってはじめて、それは自分のエゴだったと気づくのではないでしょうか。

「皆を幸せにしたい」という願いは、裏を返せばある意味、究極に支配的な考えでもあります。自分と他人との区別がようやくついた時、淳は本当の意味で成長できたのではないかと思います。
彼は罪の最後で「僕は忘れない、君のことも、皆のことも」と言っていますが、これは「罰の世界で思い出す」のではなく、自分の中で永久に大事な記憶として守っていくことを示していたのですね。
友人たちの罪を許し、受け入れて、橿原淳の中で眠る事になる、というのが罰における「黒須淳」の予想なんですけど、あってますでしょうか。
本当なら、わがままに思い出してしまってもいいんだよ達哉みたいに、と言いたいところですが、それをしないのが淳の深い優しさと強い責任感なんだろうなと。

結局淳考察になってしまった気もします笑
今度はシャドウについて考えたいと思います、そのうちに。

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