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橿原、黒須家にまつわる時間軸と考察(訂正、加筆) 23:36
 公式ガイドブック完全版買いました。こ…こんなにkwsk書いてある本があるなんて…父さんからは聞いてない!!笑
緑文字はツッコミ。訂正があったら教えて下さい><

追記:10/4:轟所長の日記であらたな事実が判明しました。

1989年に純子は夫の素行(おそらく浮気)調査を依頼。岡村が赴任してきた年代と一致。このころ橿原はイン・ラケチ妄想にすっかりとらわれている。
素行調査は2週間行われた。そして、素行調査の最終日に橿原は淳を連れて外出セブンスの時計台で事故が起こり、死亡
橿原が死んだことを轟は認識している。また、それを日記にまとめている

◇上記の事実から導きだされる疑問
・橿原が死亡した際の淳の年齢は8歳であるとのことだが、死亡したのは89年であり、淳はまだ7歳のはずである。
・橿原は既に死亡しているにもかかわらず、達哉達の回想に登場している。
・轟の日記はデスクに放置されており、かなり早い段階で達哉も読むことが出来る。橿原=淳の父親が死亡していることに気づいてもいいはずなのだが…
『依頼金の後金をもらっていない』という記述から純子が轟への調査依頼を打ち切ったことがわかる。しかし、それはどう見ても契約違反。訴えることも可能だったはずなのに、何故それをしなかったのだろうか。調査対象が死亡したから契約金は支払わない、というのはおかしい。


◇上記の事実から導きだされる結果
・達哉達と出会うころ、淳の名字は黒須姓に戻っていた。
・橿原はすでに死亡している。

◇一応の考察
・轟は直接死体を確認したわけではないので、あくまで「死亡した」と認識しただけだった。後日実際に死亡したとしても、知る由がない。
・橿原死亡後、純子は淳をともなって珠領椹圓鮟个拭ため轟が契約金をもらおうとしても行方が掴めなかったのだろうか。
・回想に登場する父は二人ともニャルラトホテプである。
・淳をからかった子供達が親から聞いた噂は、『黒須純子の旦那(=淳の父)はダメパパだった』というものだった?
・轟の日記について達哉が淳に何も言わなかったのは、淳の心を慮ってのことかもしれない。個人的には皆にも告げるべきだったのではと思うし、轟に詳しいことを訊かなかったのも詰めが甘かったように思えます。


というわけで、こちらに基づき年表を整理しました。淳の年齢のみが合わない89年と90年の年代の問題が解決しないので一応当初のままでおいときます。あと、達哉の年齢についても事件当時9歳、ということになるの?という新たな疑問が。次から次へとわけがわからないよ\(^o^)/


1980年 純子と橿原先生が結婚※1 純子18歳/橿原22歳
1981年 達哉生まれる
1982年 淳様ご生誕 純子20歳/橿原24歳

 〜  純子芸能界デビュー。橿原との結婚生活にうんざりしだす

1987年 須藤竜也がセブンスに入学。以降放火事件を繰り返す。

1989年 岡村真夜がセブンスに赴任。当時32歳の橿原に恋心を抱き始める。
    轟に純子は夫の素行(おそらく浮気)調査を依頼。期間は2週間。
    イン・ラケチの執筆が完成。託宣について淳に話している途中に時計台に巻き込まれ、幼い息子の目の前で橿原死亡。享年32歳。

1990年 淳8歳/達哉9歳 
    この頃、須藤竜也が放火を繰り返す。達哉父がそれを捜査
    夏祭りで4人が出会う。
    神社の放火事件が起こる。※2
    この時、まだ回想内においては橿原は生存している。まだ離婚は成立していない?※3
    既に偽父が淳の前に姿を現している。

 〜   
    純子が姓を「黒須」に戻す。※3
    (正確な時期が不明)達哉の父が放火魔を追う最中に須藤代議士にはめられ、えん罪事件で辞職。この頃から達哉が人間不信?

1999年 (時期不明)淳がカス校に転入。JK化する。
     秋 珠領椹塢眈綮件



※1 純子は水瓶座である事から、早生まれであることがわかる。当時18歳とされているので、(留年したのでなければ)1月以降に純子は橿原とつき合いはじめたことがうかがえる。

※2 炎は須藤がつけたもの、身を守ったのは舞耶のペルソナが発動したからとされている。達哉本人のペルソナはまだ覚醒していない。
   被害者である「達哉の目撃証言で、須藤竜也の逮捕は時間の問題」とされていたが9歳の子供の目撃証言だけで状況証拠になりうるのか疑問である。むしろ舞耶に尋ねればよかったのでは?

※3 回想で、神社で淳が「うそつき黒須」といじめっ子に揶揄されているくだりがあるが、この時の淳の名字は橿原のはずである。

公式ガイドも持ってて読んでたはずなのですが、結構忘れてるものですね><
こんなかんじになったんですが、抜けているところは結構あると思います…個人的に※3につっこみたいところ。
あと、達哉のお父さんが辞職した時期が罪では不明なわけですが、これは罰で明らかになったりするんでしょうか?

淳パパの死亡時期に関しても、年齢や「10年前に時計台で死んだ」「イン・ラケチの執筆後に死んだ」ことから1990年であることはわかるのですが、「神社の放火事件の前かあとか」によって、※3の疑問に導きだされる答えがかなり違ってくるんですよね…
いじめっ子達の親が、淳の父をダメパパと噂していたあたりでおそらく達哉達と出会い、遊んでいる最中は存命中と考えていいのかな?

そうなると、達哉とひどい別れ方をせざるを得なくなった淳に偽父が接近したのは橿原死亡後。以降ずっと淳を扶養していたはずの彼は淳を養子にする事はなく、あくまで淳は純子の扶養に入っていた事になる。
おそらく母に母としての役割を求めるのは無理からぬ事としてあきらめ、完全に偽父の家(あるんか)に籍をうつせば良いものを、あえて淳の事だからそれをしなかったのかと推測できます。

淳は内心、父と母のいる幸福な家庭をずっと求めていたので、自分が父の籍に入ってしまうことで完全に純子との繋がりが断たれてしまうのを拒否していたのかな、と…
淳ちゃんなんてけなげなんだ。抱きしめたい。達哉が。
あと、無理にでも血のつながりだけは保っている事で、こんな状態ですけどまだ両親を愛してますよ、ってことも伝えたかったんじゃないかな。
淳ちゃんなんて不器用なんだ。抱きしめたい。達哉が。

私個人の感想としては、二人とも結婚するには早すぎたし(あ、達哉と淳の事じゃないですよ、純子と橿原です)橿原先生には親として、夫としての感覚がずれているように見受けられます。私が純子でも別れると思います。女優として収入はあるわけですし。

純子は、真っ当な選択をしてると思うんですよね。周囲の注目を浴びたくて橿原と結婚というのは若気の至りかとは思いますが、夢物語ばっかり語って自分を満たしてくれない夫なんてそりゃ愛想も尽きるかなって…。
純子本人も、淳本人が「何年も会っていない」と言うので顔は見ていないにしても、淳には不自由のない生活をさせ、どんなに問題行動を繰り返しても絶縁する事はなかった。
もしかしたら、あまりに長くかかわりをもたなかったせいで、どうしたらいいのか純子にもわからなかったんじゃないかなと。その後、ニャルパパにジョーカーの正体を告げられそれでもなおクイーンアクエリアスとして淳のそばにいたのも、歪んではいるけれど家族として共に過ごせた時間を少しでも持ちたかったからかもしれません。
その証拠に、JK淳が攻撃されそうになった時その身を庇い、最終決戦で死ぬ間際には「幸せに」と淳の幸せを願っています。けして、自分だけの事を考えていたわけじゃないのです。
もし、もっと早く言葉でその事をちゃんと淳に伝えられていたら。
結末ももしかしたら変わっていたかもしれませんよね。

愛のない見方をすれば、淳を離縁しなかったのは世間体のため、庇ったのは淳が死ぬ事で自分の理想が損なわれる可能性を防ぐため、ということも考えられますが、最期に淳の幸福をねがったことだけは変わらない事実なのです。

10/4追記:
轟所長の日記より 『依頼者の危惧する結果は得られなかった。』とあります。十中八九、純子が依頼したのは浮気調査。このことは、須藤には殆ど触れず岡村との件を繰り返し日記に綴っていることから推測可能です。
もし、離婚のための理由として浮気調査をしていたなら。
『危惧』という言葉は使用されないはずです。これだけで充分、まだ純子には橿原への愛情があったと予想することが出来るのです。


今回は黒須家中心の考察になりましたがジョーカーさまについてはまだ考え中です。
それにしてもこのガイドブックびっくりだよ。特にアニマムンディ店員に全部持ってかれた。この人で一冊本出せるんじゃねっていう笑!
あと達哉の紹介文にもミルクティー噴きました。あどけない…あどけない、だと……「シャドウの微笑み」にもじわじわくるものがありましたね。それと「放火魔を個人的に追っていた」ってそんな重要な描写本編のどこにもかけらもNEEEEEEE!!!!!!あんな怖い目にあっておきながら、あえてまた怖い目に遭おうとするなんて達哉なんなの?Mなの?
淳のところは屈折したファザコンマザコンでライフがゼロになりかけましたが、ふと目にはいった淳の白ソックスとシャドウの微笑み()で回復しました。

ペル2はいくら思考の旅をめぐらせてもあきませんねー。ほんと面白いです。また何かあったら書きます。
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